中野SF studio.で開催したMurder Channel Talk Show Vol.3にておこなった「Turntablism Talk Vol.1」でのKen-Oneさんのインタビュー部分を公開!
長年に渡って独自のターンテーブリズムを追及し続けている真のターンテーブリストであるKen-OneさんのルーツやDMC出場時の話、そしてD-Styles、Beat Junkiesとのセッションについてなど、ターンテーブリスト・ファンにはたまらない話を沢山お聞きしました!
Ken-One(以降K).はい。相変わらずやってます(笑)。夏はやりやすくていいですよ、冬は指先の出る手袋じゃないと出来ないので(笑)。
それでは前回からの続きになるのですが、どういったキッカケでHip Hopに興味を持たれたかを教えてください。
K.一番最初はダンス甲子園でした。それとZOOが深夜にやっていた番組とTRFのSamがやっていた「Dance! Dance! Dance!」という番組を見てラップやDJに興味を持ちました。当時はMIXTAPEが情報を得る唯一の物だったのでひたすらMIXTAPEを買っていて、そこでDJ SPINBADのMIXTAPEに出会って一気にハマりましたね。
その当時よく行かれていたレコード屋さんは?Ken-Oneさんの地元にはどんなレコード屋さんやクラブがありましたか?
K. その当時、レコードを買い始めた高校生時代はお小遣いを貯めて半年に1度渋谷のマンハッタンレコードで30枚ぐらいまとめ買いしてました。 地元は静岡東伊豆だったんですがレコード屋さんはありませんでしたね、でもブラックミュージックに強いCDショップがあったのでそこは中学生の頃から通いつめてました。クラブは伊豆下田のDJバーで時々プレイする位でした。
その当時よく行かれていたレコード屋さんは?Ken-Oneさんの地元にはどんなレコード屋さんやクラブがありましたか?
K. その当時、レコードを買い始めた高校生時代はお小遣いを貯めて半年に1度渋谷のマンハッタンレコードで30枚ぐらいまとめ買いしてました。 地元は静岡東伊豆だったんですがレコード屋さんはありませんでしたね、でもブラックミュージックに強いCDショップがあったのでそこは中学生の頃から通いつめてました。クラブは伊豆下田のDJバーで時々プレイする位でした。
DJ PremireやGroup Homeが好きだったとの事ですがPremireのスクラッチには影響を受けていますか?
K.勿論受けています。スキル的にはそんなに難しい事はしてないけど音ネタの選び方であったりトラックにスクラッチを綺麗にハメる所とかに影響されてます。PremireだったらGang Starrの「Daily Operation」が一番思い入れがありますね。
Gang Starr以外でラップとスクラッチのコンビネーションで印象的なユニット/グループは?
K.やっぱりDilated Peoplesじゃないですかね。「Work The Angles」はバトルDJの間でも話題になったし。Babuのスキルが反映されていてカッコいい曲でした。
Ken-Oneさんが本格的にスクラッチにのめり込んだキッカケは?
K.98年にたまたまVESTAXのバトルを見に行ったのがキッカケです。それから色々なバトルに足しげく通うようになってバトルの友達も増えていって。その頃は日本人のスクラッチDJではHANGER君や大阪のTaiji君に憧れてましたね。
その時期にDJ Jif Rockと DJ COBIのCORE FIGHTERSのメンバーと出会うんですけど、彼等と僕が住んでた場所が近かったので、そこから僕はJif Rockの家に通い詰めるんです。彼の家に行った時に驚いたのが、Turntable TVは全部あったし、レコードの数も凄かったし、バトルブレイクも殆どあった。タンテも4~5台あって完全にターンテーブリストの家だったんですよ。そこでCORE FIGHTERSのルーティーンを作っているのを見て憧れましたね。いつか自分もこういう人達と一緒にやりたいなってめちゃくちゃ影響受けました。
それと、昔渋谷にZebra Recordsってお店があったんですが、そのお店ではセッション用のターンテーブルが4台位あってお店主催のバトルもあったんです。それでZebra Recordsに通いだしていろんな人と繋がって行きました。
Jif Rockさんの作ったDeliさんの「PLASTIC BOMB」も凄く実験的かつ高度なスキルが活かされた名曲でしたね。それでKen-Oneさんはその当時はどういう風な練習をされていたんですか?
K.ひたすら毎日触ってましたね。あの人っぽい音が出たら正解かもって。その連続でした。人によってタイプがあるんですけど、聴いて分析するときに楽譜を書く人もいるし。僕は取り合えずビデオとかを見たり音源を聴きこんで真似をしていました。
では、ここでKen-OneさんがDMCに出場された時の映像を見てみましょう。
K.うわーーー、これは恥ずかしいですね!(笑)。もう18年も前ですよ。
このルーティーンはどういう風に作られたんですか?
K.取り合えず上手い人のルーティーンを見て勉強していましたけど、正直この時はまだ自分の中に活かせなかったですね。こういった実験的な形になったのはCORE FIGHTERSの影響です。彼等が当時凄く実験的かつ革新的な事をやっていて、例えば針を二つ付けたりしていて。一個の針に腺が四つ付いてるじゃないですか、それを一個一個の針に分けるんです。当時バトルDJのシーンではフィードバックが流行ってたのもあったんですけど、結構行き着く所まで来てしまっていて。それでも、CORE FIGHTERSはまた別の違ったアプローチをしていてカッコよかった。
それで僕のルーティーンなんですが、音楽的にカッコよさを求めるよりも実験的な方に行き過ぎてしまって。今とスタイルが違いすぎて見るのも恥ずかしいですね(笑)。
それで僕のルーティーンなんですが、音楽的にカッコよさを求めるよりも実験的な方に行き過ぎてしまって。今とスタイルが違いすぎて見るのも恥ずかしいですね(笑)。
98年にバトルDJを見てから始めたという事は僅か2年でDMCの二位までになられたんですよね?
K.そうなんですよね。二位までいけるとは思ってなかったです。この時は順位よりも自分のルーティーンをちゃんと見せられるかが大事でした。ルーティーンが出来たのもギリギリだったので(笑)。
僕よりも全然かっこいい人は居ましたけど何故か二位まで勝ち上がってしまって。一位はHANGER君だったんですけど他にもカッコいい人が多かった。
このDMCではAlliesが来てたんですよね?メンバーは誰が来てたんですか?
K.この時はA-Trak、Craze、J-Smokeと殆ど全員来ていました。A-Trakがまだ10代の頃で見た目が少年みたいでした(笑)。あどけなさがあったけどプレイは本当半端なかったです。
その時丁度CrazeがDMCの三連覇前だったんですけど、LIQUIDROOMの楽屋でワールドファイナル用のルーティーを練習してたんですよ。しかも世界に公開する前のニードルドロップもやってて。その時僕がビデオカメラをまわしてたらCrazeにNO!!って言われて(笑)。
その時の録画が何処からか漏れてYOUTUBEにUPされちゃってて僕が怒られてるんですよ(笑)。
Crazeは三連覇してからの展開も凄かったですよね。DNBのDJをしたりMIX CDをリリースしたりと。
K.元々マイアミ・ベースとかやってましたからね。FINALSCRATCHを使ったのも早かったし。
DMCで二位になられた後の活動は?
K.DMCに出た後にクラブでもプレイする事が少しづつ増えて来て繋がりも出来てきて、その頃にPower DJ’sでデモンストレーションをやったんです。その後に店長さんにPower DJ’sで働かないかと誘って貰って5年位働いていました。仕事と言いながら散々スクラッチしてました(笑)。
バトルDJとしての活動は続けられたんですか?
K.DMCで二位になれたのは嬉しかったんですけどスクラッチの技術もまだまだで全然自信が無かった。そんな時にPower DJ’sで働ける事になったので一旦自分を見詰め直そうと思ったんです。それで何が一番好きなのかって考えたらやっぱりスクラッチだった。そんな時に丁度D-Stylesの「Phantazmagorea」が出てめちゃくちゃやられて。スクラッチでどこまで見せられるのかが自分には合ってるなって実感しました。
先日アメリカに行かれた時にはD-Stylesともセッションされましたよね。どういったキッカケでアメリカに行かれたんですか?
K.Beat Junkiesのスクールに行ってみたかったのと海外のターンテーブリストと現地で交流したかったのでずっと行きたかったんですけど中々機会が無くて。
それで5月にやっと行けたんですけど、Beat Junkiesのスクールは面白かったですね。彼等のスクールでセッションさせて貰ったんですけど、もう夢の中にいるような感じでした。ずっと昔からビデオで見ていた彼等が目の前でスクラッチしていてこれがLAの日常なのかって。
この時はビートをかけてスクラッチするんですけど、そういうのはD-Stylesが余り好きじゃないみたいなんですよ。みんながただスクラッチするだけでは叫びあってるみたいで音楽的じゃないって。だから僕がドラムスクラッチを多用したら喜んでくれてましたね。
スクラッチが上手い人はすぐに解るんですか?
K.解りますね。自信無い人は音に出てしまう。D-Stylesとかはスキルに裏打ちされた意思表示がハッキリと出ていますね。結構性格は出ますよ。
D-StylesとはThe Philharmonic Turntable Orchestraでも共演されましたね。これは皆同じレコードを使っているんですか?
K.全部同じレコードです。音作りの段階ではKENTARO君とかMITSU THE BEATSさんが監修されてたみたいですね。既に出来ている完成形があって皆パートごとに振り分けられていった形でした。
撮影は三日間缶詰で大変でしたよ。でも、撮影の合間に休憩があるんですけど、この面子だからやっぱりセッションが始まるんです。大体はQ-BERTが切り出し役だったんですけど、そこに無言でどんどん皆絡んでいって。あの時のビデオとか残ってたらいいんですけどね。相当レアだったと思いますよ。
Ken-Oneさんは1台のターンテーブルとループペダルを使ったパフォーマンスも有名ですが、このスタイルになられたのはいつ頃からですか?
K.元々はアリゾナのDJ Radarがルーパーを使っているのを2000年位に見たのがキッカケです。彼のプレイを見て、自分でドラムスクラッチをループさせればチームプレイ的な事を一人でも出来るんだと解って。スクラッチだけで見せる事に興味があったのでこのスタイルになりました。やっぱり目標としてはD-Stylesの「Phantazmagorea」が完成形としてあって、僕のドラムスクラッチがどこまでそれに近づけられるかっていう挑戦もありました。
MC 漢さん、RUMIさん、Candleさんのアルバムにスクラッチで参加されていますが特に印象に残っている作品はどれですか?音源制作において大事にされている事はなんでしょうか?
K.やっぱりMC漢の1st albumの1曲目(陰と陽-Intro)が特に印象に残っています。2005年なんですが、この曲は先程のD-Stylesのアルバムに影響を受けて、ドラムもウワネタもベースも全て、手動式スクラッチの多重録音で作っています。僕はこういう曲を沢山作ってアルバムを作れたら、と思います。
音源制作で大事にしていることは、どこかにターンテーブリズムを感じられるようにする、ということですね。
20年以上スクラッチをされていても練習が嫌になる時もあるんですか?
K.解りますね。自信無い人は音に出てしまう。D-Stylesとかはスキルに裏打ちされた意思表示がハッキリと出ていますね。結構性格は出ますよ。
D-StylesとはThe Philharmonic Turntable Orchestraでも共演されましたね。これは皆同じレコードを使っているんですか?
K.全部同じレコードです。音作りの段階ではKENTARO君とかMITSU THE BEATSさんが監修されてたみたいですね。既に出来ている完成形があって皆パートごとに振り分けられていった形でした。
撮影は三日間缶詰で大変でしたよ。でも、撮影の合間に休憩があるんですけど、この面子だからやっぱりセッションが始まるんです。大体はQ-BERTが切り出し役だったんですけど、そこに無言でどんどん皆絡んでいって。あの時のビデオとか残ってたらいいんですけどね。相当レアだったと思いますよ。
Ken-Oneさんは1台のターンテーブルとループペダルを使ったパフォーマンスも有名ですが、このスタイルになられたのはいつ頃からですか?
K.元々はアリゾナのDJ Radarがルーパーを使っているのを2000年位に見たのがキッカケです。彼のプレイを見て、自分でドラムスクラッチをループさせればチームプレイ的な事を一人でも出来るんだと解って。スクラッチだけで見せる事に興味があったのでこのスタイルになりました。やっぱり目標としてはD-Stylesの「Phantazmagorea」が完成形としてあって、僕のドラムスクラッチがどこまでそれに近づけられるかっていう挑戦もありました。
MC 漢さん、RUMIさん、Candleさんのアルバムにスクラッチで参加されていますが特に印象に残っている作品はどれですか?音源制作において大事にされている事はなんでしょうか?
K.やっぱりMC漢の1st albumの1曲目(陰と陽-Intro)が特に印象に残っています。2005年なんですが、この曲は先程のD-Stylesのアルバムに影響を受けて、ドラムもウワネタもベースも全て、手動式スクラッチの多重録音で作っています。僕はこういう曲を沢山作ってアルバムを作れたら、と思います。
音源制作で大事にしていることは、どこかにターンテーブリズムを感じられるようにする、ということですね。
20年以上スクラッチをされていても練習が嫌になる時もあるんですか?
K.ありますね。スクラッチに関してはまだコンプレックスもあったりするんで。でも、それ以上に最近やっと安定してきたんですよ。そんなに気合入れなくてもある程度のレベルはキープ出来るようになった。長年の苦労が最近報われましたね(笑)。だから、嬉しくて全然苦にならない。自分が出したい音に少しでも近づけたら嬉しいじゃないですか。ちょっとずつの上達が嬉しくて続けてるんですよね。
Ken-Oneさんはスクラッチを学びたい方達に個人レッスンもされていますよね。
K.Skypeでもレッスンしたりしています。年齢も場所も結構バラバラで。今は小学生の兄弟を教えています。
その小学生達はどうやってKen-Oneさんのレッスンを見つけたんですか?
K.それが謎なんですよ。親御さんがDJされてたとかでもなくて。兄弟揃って僕のファンらしいんですけど(笑)。
やっぱり若いので吸収がすごくてどんどん技を覚えていってます。人前でやるのもレベルアップに繋がるんでオープンターンテーブルがある時は連れて行ったりもしてて。
この前、DJ 宮島さんが言ってたんですけど、今あえてレコードを使ってアナログでやるのがいいですよって。もし小学生がアナログでDMCを勝ち上がっていったらヤバいですよね。本人達もトラクターは持っているけどアナログの方が良いらしくて。アナログの方が感触もいいんでしょうね。
今後の目標とされている事はありますか?
K.ビートを作らないとってずっと思っていて、やっぱりスクラッチも出来てビートも作れるのが最強だなって。ビートを定期的に出せるようになりたいですね。
Ken-One
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