1969年に発表されたThe Winstonsの「Amen Brother」。このファンキーな曲で繰り広げられる6秒間のドラムソロは、Amen Break、と呼ばれている。ヒップホップをはじめ、発表後40年以上で、いったいどれだけサンプリングされただろう。動画配信サイトでもチェックできる資料としては、約20分間でAmen Breakの大まかな歴史が分かり、このドラムブレイクがパブリックドメイン化していることをも考察している『Video explains the world’s most important 6-sec drum loop』がある。Amen Breakは黄金比によって形成されているので人体に好影響である、という、愛を感じる論文もある。80年代末から90年代初頭のオールドスクール・レイヴ/ハードコア・ブレイクビーツからジャングルに変遷する初期段階から現在に至るまで、ジャングリストにとって、Amen Breakは黄金色に輝くブレイクだ。FFFの今回のジャングル・アルバム『Keep The Fire』の1曲目のタイトルは、ズバリ「Amen Soldier」である。
90年代初頭から中盤にかけてをザッと見ると、ジャングルが隆盛し世界中に波及、日本でもジャングルのパーティーが誕生し(日本のジャングルの状況については、あらためて機会を設け、ドップリ展開したい)、作品のリリースも行われた。ヨーロッパのテクノ・レーベルのWARP、R&S、RISING HIGHも、それぞれジャングル/ドラムンベースをリリース。Richard D James (Aphex Twin etc)は、仲間とRephlex Recordsを設立してThomas Jenkinson(Squarepusher)や Mike Paradinas(μ-ziq)らを送りだし、Mike Paradinasは後にFFFやSoundmurdererをリリースするPlanet-Muを立ちあげている。FFFの居住エリア=オランダでは、ハードコア・テクノ、アーリー・レイヴから、ガバが発生。ドイツでは、FFFが影響を受けた音のひとつでもあるデジタル・ハードコアが登場、その首領Alec Empireは、92年の段階で既に怒涛のAmen Break使いのハードコア・テクノを発表していたし、ダーク・ジャングル/ドラムンベースのPanaceaもいる。アメリカでは、FFFから影響を与えられたと公言するDonna SummerことJason Forrestが97年にジャングルを作っている。これらは、ブレイクコアの先鞭のひとつともいえるだろう。あくまでも、ひとつ、なので、これが原点だ、と限定するわけではない。ジャングルがゆっくりに感じるほどの速度と破壊力を持つブレイクコアの音楽的要素は、今では、ジャングル/ドラムンベース、ハードコアテクノ/レイヴ、グラインドコア、デジタル・ハードコア、テクノ/エレクトロニカ/IDM/アンビエント、ジャズ/フリージャズ、映画音楽、ノイズ/エクスペリメンタル、レゲエ、ヒップホップなど、多岐に渡る。ジャングルと同じく、各曲にクリエイターたちのその時々の傾向が現われるので、そこから遡ってこの曲の原点は何々だ、と言い切ることは、至難の業だ。2000年から2009年ぐらいまでのジャングルやブレイクコアが気になる方は、General Malice、Capital J、DJ K、R.A.W.、16armedjack、Soundmurderer、DJ C、Tester、Debaser、Chopstick、Aaron Spectre、Bong-Ra、Rotator、Xanopticon、Enduser、Shitmat、Cardopusher、Krumble、Parasite、DJ Scud、Duranduranduran、Murdabot、KID606、Noizecreator、DJ Rupture、FFF、Csycheouts、KA4U、Ove-Naxx、Com.A、Maruosa、19-t、Shaka-Itchiなどの音源をチェックしてほしい。ここに挙げた中には、ジャングルやブレイクコアだけを作っているわけではないアーティストは勿論いるし、楽曲の中には、作り手個々のカラーが音に強く反映され、ジャングル、ブレイクコア、ラガコアなどのボーダーラインは消失し、ジャンルを超える瞬間が、時に、ある。
「うん、自分はBreakcoreのアーティストだと思う。僕が思うにBreakcoreという言葉は、もう完全に元の意味とは違っている。最近では、様々なスタイルが融合したものの集合体を意味していると思う。最近の意味でのBreakcoreと僕の音楽は、ちょっと違うんだけど、本来のBreakcoreって言葉が持ってた意味では、僕はBreakcoreのアーティストだ。」(FFF)
FFFは、2001年から2004年にかけて『Breakcore a Go-Go!』というブレイクコアへの入り口的パーティーをロッテルダムでBong-Raと共同オーガナイズした。パーティーにはDJ Scud、Parasite、Eiterherd、Society Suckers、Rotator、Hecateらが出演。この時期、大阪のレコード店Breakcore Records(のレーベル「OMEKO RECORDS」は外せない)や東京のWARZAWA RECORDSがブレイクコアをフックアップした。FFFの『Keep The Fire』をリリースするMURDER CHANNELは、2004年にパーティー運営をスタート、国内の代表的アーティストをブッキングし、16bit、Bong-Ra、Broken Note、Cardopusher、Chrissy Murderbot、Drop The Lime、Drumcrops、Enduser、DJ Donna Summer aka Jason Forrest、Filastine、Teknoist、Sickboy、FFFら海外アーティストの初来日を成功させ、2007年にはレーベルを始動、Cardopusher、FFF、DJ100mado/Pacheko、dDamage、Totally Fuckedup、Himuro Yoshiteru、UNURAMENURA、Dokkebi Q らのアルバムをリリースしてきた。MURDER CHANNELから既に4作(スプリット作品含む)出しているFFFは、初来日したのが2006年で、2回目が2008年。レコード・コレクターでもある彼は、ツアー先のフリー・マーケットや街のレコード店などにレコードを探しに出かけるという。来日中もレコード店に2時間以上も入りびたった模様で、日本のインディペンデント・レーベルのナゴムレコードまでチェックするほどのレコード・ディガーである。お気に入りのレコード10枚は、Inner city、Altern 8、The KLF、LFOなどのハウス、テクノ、レイヴ・アンセムで、その中に、しっかりとジャングル・アンセム、Noise Factoryの「Set Me Free」も入っている。70年代の音も好きで、ジャーマン・プログレッシヴ・ロックもコレクションしているそうだ。今回のアルバムは、サンプリングに主眼を置いて作られた。サンプリングは、彼にとって音楽制作での重要な作業のひとつで、音源制作時のサンプル元は、自身が所有している5000枚以上のレコードだ。『Keep The Fire』のジャケットは、レコードがデザインされている。
FFFのサンプリング・ソースは、レゲエ(ルーツ/ダンスホール)、サウンドクラッシュの実況録音、ブラック・コンテンポラリー、ファンク、ヒップホップなど。FFFのMixcloudに、元ネタをMixした『Roots, Rock, Rufffness』と題されているものがあり、ナイスなレゲエが聴ける。オランダは、カリブ海に海外領土を持つ(旧植民地だった地域を領土としている)国だ。このような歴史的背景から、現在は、カリブ海地域からの移住者もいるので、オランダの各コミュニティにレゲエ含むカリブの音楽が持ち込まれていたと思われる。FFFは10代の頃にダンスホール・レゲエを高速回転させて爆音で聴く バブリン(Bubbling) を90年代中期に体感している。80年代末から90年代初期の黄金のダンスホールを高速化することはもちろん、地元の若者は、既存曲の高速回転に留まらず、安価なソフトウェアで、オリジナルのバブリン・トラックを作っていたそうだ。オリジナル・トラックの中には、アフリカのクドゥーロやトリニダード・トバゴのソカのような、ピッチ速めでキックで突き上げる曲もある。流通や友人同士の回し聞きにはカセットテープ(のコピーのコピーの粗雑な音質が多かった)を使用。このチープかつハードコアなフォーマットを使って音で競うバトル・テープと呼ばれるものがあり、これは、レゲエのサウンド・クルー同士が音の戦争を行うサウンドクラッシュで使用するDUB、グライムのMCやクリエイターらのバトル時に使用するWAR DUBと同義である。ダンスのバトルもあり、レゲエやヒップホップ、フットワークのバトル・グラウンドのような緊張感と熱気がある。こんなヤバい音をクラブに行く年齢になる前に地元公認のユースセンターで楽しめたとは、実に羨ましい。大会場で開催されたイベントの動画には、ジャングリストにもお馴染みのレゲエ・ディージェイ、ジェネラル・リーヴィがUKから登場し、盛り上げまくっている様子が映っている。FFFは、バブリンについて「クレイジーなエディット、各曲に出てくるダンスホール・ヴォーカルに、ジャングルと同様のエネルギーを感じた」と語っている。
オリジナル・ジャングル・ヒーローたちをリスペクトし、UKダンスホール、80年代のジャマイカのダンスホールが好きなFFFがジャングルをテーマに放つアルバム『Keep The Fire』は、全新曲の濃厚2枚組。アルバム全体のマスタリングを日本のプロデューサー/DJ/サウンド・エンジニアのENAが手がけている。DISC1は、1曲目から4曲目にかけて、怒涛のジャングル攻撃が連打する。5曲目ではスピードがゆったりで後半になるとカーニバル化するジャングルを披露。再び加速しての6、7曲目では、Chillin’なアンビエンスとバッドなラガマフィンのベクトル真反対同士をぶつけ、8、9、10曲目はそれぞれ表情が違う中に四つ打ちを入れて高揚感を高めている。DISC2の1、2、3曲目は、FFFのダークサイドを強烈に押し出す展開。4、5、6曲目はバブリンの影響も濃厚な高速レゲエのヴァイブス、トライバルな四つ打ち、へヴィな疾走ジャングルでオラオラいく。先ほどFFFのMixcloudにレゲエMixがあると紹介したが、カリブ地域のトリニダード・トバゴのソカ(Soca)のMixもあるので、特にアルバム6曲目のトロピカル・カーニバルな部分は、天井知らずの激アッパーなソカのマッドなエキスを見事に抽出し、ジャングルに絡めているので、煽られすぎて危険。7、8、10曲目は楽園の中のダーク・サイケデリアが渦巻くハードなジャングル。9曲目のラガ・ジャングルでアクセントをつけつつ、11曲目は、レコード・ディガーFFFなサンプリングにニヤリとしてしまう。アルバム『Keep The Fire』全体を聴いてみると、FFFの表現力の豊かさと懐の深さが感じられるし、同じドラム・フレーズは使わないという拘りを持つというだけあって、さまざまな色や温度のリズム・パターンも楽しめる。筋金入りのオールドスクール・ジャングリストも満足いく内容だろう。今回のアルバムは、2013年という時間軸で終わるのではなく、それ以降もずっと聴けるジャングル・アルバムとして記憶に残る作品だと思う。
2013年。BPM140台のジャングル、通称フューチャー・ジャングルが存在し、ダブステップ、UKファンキー、ジュークなどで90年代初期のジャングル感を持つ曲もある。ジャングル黎明期から隆盛の只中にいた世代が親になり、ジャングルやドラムンベースを家で普通に聞く中で育ったその子どもたちは、ダブステップ、ファンキー、ガラージなどを作っているのだから、その中にジャングルに影響を受けた曲が登場するのは至極当然のことだろう。UKでは、クローズドかつアナーキーで見えにくい部分ではあるが強烈な土着感としてはジャングルがかかりまくるハードコアなスクワット(不法占拠)パーティーがある。オールドスクーラーBizzy Bの作品がPlanet-Muから再発、Bizzy Bらが主宰していたJoker Recordsの復活プロジェクトが始動、Congo Nattyはアルバムをリリースした。FFF曰くオランダのジャングル・シーンは成長著しく、新風が吹いているとのこと。ヨーロッパのレゲエでは、1枚のアナログに数種のリミックスを収録する際、ジャングルのリミックスが入っていることが多い。筆者は、ベトナムでDJをした時に、現地在住の英語圏、中国語圏、ロシア語圏、フランス語圏の人々が日本語ラップの入ったジャングルで一同に手を挙げて踊りまくる光景を目の前にして、ジャングルのパワーをあらためて感じた。最近では、ここ日本で、20歳のセレクターがデジタル・レゲエ、ダブステップ、ラガ・ジャングル等をセレクトするレゲエ・サウンドとリンクした。世界規模で、新旧世代関係なく、ジャングルで現行へアタックする挑発行為が続発している。最後に、FFFの印象的な言葉でこのレビューを締めたいと思う。インタビューの質問「貴方は Amen を多くの曲で使っています。貴方の思う Amen の魅力を教えてください。」への答えがこれだ。「多くの人は Amen Break は使われ過ぎてると思ってるんだろうけど、それでもまだ僕は好きなんだ。このブレイクには、何かしらの魔法みたいなものがあると思うんだ。」
2013年10月アーメン日和 DJ YAHMAN (Tribal Connection)